東京高等裁判所 昭和28年(う)3034号 判決 1953年12月28日
控訴人 被告人 高橋清一郎
弁護人 小野清一郎 出塚助衛
検察官 野中光治
主文
原判決を破棄する。
被告人を禁錮六月に処する。
この裁判の確定した日から参年間右の刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人小野清一郎の控訴趣意及び弁護人出塚助衛の控訴趣意は別紙記載のとおりで、これに対し次のように判断する。
(小野弁護人の控訴趣意第四点及びその弁論補充要旨並びに出塚弁護人の控訴趣意第十について)
次に、論旨は、選挙権及び被選挙権の停止を規定した公職選挙法第二百五十二条第一項は日本国憲法に違反する疑があると主張する。しかしながら、右の規定は、同項に規定されたものが刑に処せられたという事実に基いて自動的に適用される性質のもので、判決でその適用を宣言してはじめて適用されるわけのものではなく、裁判所はただ同条第三項によりその適用を排除し又は制限することができるだけである。いま原判決を見ると、被告人に対してはかかる排除、制限の宣告を特にしていないので、原裁判所としては同条第一項の適用あることを当然予定し、かつそれを相当としたものであろうとは想像されるけれども、しかし右に説明したようにその適用は原判決がしたわけではなく、法律上当然に行われるのであるから、同条項自体が違憲無効であるという主張は原判決に対する適法な控訴の理由とはなり難い。もし論旨主張のように同条項が無効であるならば、被告人は刑の言渡にもかかわらず依然選挙権・被選挙権を保有していることになるわけであるから、判決においてその適用を排除・制限することもまた必要がないこととならざるをえないであろう。これを要するに右の規定の効力は選挙権・被選挙権の存否の問題として別個に争わるべきことに属するものである。のみならず、当裁判所は右の規定が違憲であるとも考えていないものであつて、この規定による選挙権・被選挙権の停止がはたして実質上一種の名誉刑たる性質をもつものか。それとも選挙犯罪を犯したという事実に基いてその者の公民権行使の不適格性を推定したものであるかについては疑問がないわけではないけれども、そのいずれであるとしてもかかる法の措置には十分合理的な理由があるものであつて、決して他の種類の罪を犯した者との間に不合理な差別待遇をするものとはいえない。また、その停止が刑執行中の期限に限らるべきであるとする所論にも特段の根拠は見出し難く、自由に生活する国民間にあつても、選挙に関する罪を犯した者と然らざる者との間に前規条項の規定する程度の差別をすることは決して不合理だとはいえないから、右の規定が日本国憲法第十四条に違反するとの主張は採用することができない。また、日本国憲法第十五条においては、公務員を選挙することは国民固有の権利であるとし、公務員の選挙については普通選挙が保障されているが、これも合理的な理由により特定の欠格事由を定めることを許さない趣旨ではないと解すべきであつて、本件のごとき欠格事由を法が規定したことは別段違憲であるとは考えられない(最高裁判所昭和二四年(れ)第一九〇九号同二五年四月二六日大法廷判決、刑事判例集第四巻第四号七〇七頁参照)。次に、本件において被告人に対し前記公職選挙法第二百五十二条第一項の規定の適用を排除又は制限することが相当かどうかについて考察してみるのに、本件犯行の動機・態様及び被告人の地位・前歴等にかんがみるときは右の規定の適用を全然排除することは適当でなく、ただ刑の執行を猶予する結果その選挙権・被選挙権を有しない期間は右の猶予期間に限定されるわけであるが、その程度の制限をもつて足りるものと判断するものである。
(その他の判決理由は省略する。)
(罪となるべき事実省略)
(証拠の標目省略)
(法令の適用)
被告人の原判決第一及び第二の金銭又は物品供与の各所為はいずれも公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に、原判示第一の立候補届出前の選挙運動の所為は同法第百二十九条第二百三十九条第一号に、第三の金銭交付の所為は同法第二百二十一条第一項第五号に該当するところ、右の事前運動と第一の金銭供与とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により一罪として重い後者の罪の刑で処断することとし、この一罪と他の罪とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから、所定刑中それぞれ禁錮刑を選択した上同法第四十七条第十条により犯情の最も重いと認める判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処し、刑の執行猶予の言渡につき刑法第二十五条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 大塚今比古 判事 河原徳治 判事 中野次雄)
弁護人出塚助衛の控訴趣意
第十原審刑の量定について 被告高橋は小学校卒業後弁護士の書生として夜間中学で勉学し予備試験を通つて京都第三高等学校へ進み或は牛乳配達、家庭教師、其他色々なアルバイトをしながら京都帝国大学を卒えて兵役に服し後大東亜戦争中はシヤム国で日本人会の書記として勤務し終戦後生家へ復員しては外地で日本人会の書記としての経験を生かして恵まれない新潟市内東新潟住民の為め又外地引揚者のリーダーとして活躍し其後遺族会の為めにも渾身の努力をし其れが基となつて昭和二十二年新潟県会議員選挙に立候補して当選任期を終え次期に再び立候補して最高点で当選今日に至つて居るのであつて実によく議員としての職責を果し日夜県議会議員の職務執行に没頭して居るのであつて殆んど他に職なき様な状態にあるのであるが偶々大島秀一候補の応援をした為め本件に罹つたのであつて之れによつて六年間に亘り(禁錮六ケ月と其後五ケ年)被選挙権を停止せられる事は四十才を超えた被告高橋にとつて全くの致命症である。議員失格後の被告は復員後の経歴から見て全く職を失う惨めさである。
原審が公職選挙法第二百五十二条第三項の宣告をしなかつた事は一般の選挙違反被告事件に比して極刑に値する。刑の執行猶予と公職選挙法第二百五十二条第三項の宣告のない原審判決は刑の量定重きに失すると信ぜられる。
弁護人小野清一郎の控訴趣意
第四点原審判決の科刑処分は、被告人の性格その他諸般の情状に照して苛酷である。被告人に対して、刑の執行猶予の言渡および公職選挙法二五二条三項による、選挙権及び被選挙権を失はない旨の宣言あらんことを求める。
一、被告人は京都帝大法学部を卒業し、三年余を兵役に費した後実業界に入り、後更に応召して朝鮮会寧の部隊に編入され、除隊後大東亜省の斡旋により仏印サイゴンの日本商工会議所書記長として赴任したが、終戦によつて内地に帰還し、燃料商を営む外、新潟県会議員、新潟市会議員に当選し、現に新潟県会議員、新潟県監査委員等の公職にあるほか、東新潟遺族会連合会長、宮浦中学校PTA会長等の地位にあつて公共のために活躍している(被告人の第一回供述調書一-九項)。又その家族関係は父(七十一才)母(六十六才)妻(三十一才)弟(二十八才)長男(三才)次男(一才)の七人暮しであつて、理想的な家庭であり、資産も宅地七十坪、住宅一棟、工場一棟、ダツトサン一台などを所有し、収入は一ケ月平均十万円、まさに中等以上の生活をし、その余裕をもつて公共の事業に奉仕している新潟市の模範的な紳士である。郷土新潟は将来この人の政治的、社会的な活動に期待するところ甚だ大である(同上)。
二、衆議院議員候補者大島秀一とは以前から懇意であつた。昭和二七年春、只見川電源開発問題等に関係して地方人の要望もあり、県政報告会を催した際、偶々アメリカ視察旅行を終えて帰朝した大島秀一にアメリカ視察談をして貰つたが、これは何等事前運動でないこと勿論である。昭和二七年九月の衆議院議員選挙に大島が立候補したことは寧ろ意外であつたが、-前回に失敗した参議院の方に出るものと思つていた。-友人として極力応援することになつたことは事実である(同上一三-一七頁)。しかし、被告人が働きかけたのは被告人自身の縁故者であり、以前から世話をしたり、されたりの間柄であるから、その間に多少の金銭や酒二升乃至五升のやりとりがあつたとしても、それを一々大島のための応援を依頼した報酬とのみ解することはできない。政治的子分等が時間と労力をさいて働いてくれる場合、多少の金銭や酒を振舞うのは、寧ろ当然の義理合いであり、少くともその情状において宥恕すべきものがあるのである。
三、被告人は、司法警察員及び検察官の取調に対して初め他の関係者の迷惑となることをおそれ多くを語らなかつたが、昭和二七年一〇月二三日検察官に対して若林吉次郎、佐藤熊一、斎藤三四二に対する金銭供与を認めると同時に(第五回供述調書六、一五、一九項)-この自白は全く強要されたものであり、若林および斎藤に関する分は明らかに事実に反したものである。-「とにかく公職選挙法に違反した事に対しては心から悪かつた、申訳がないと感じております。然し実際はその違反行為をやつた当時は自分の不勉強からそれ位はまあまあいいんだろう、認められているんだろう位の軽い気持ちでいたのであります」と供述している(同上二七項)。被告人の心情はまことに単純卒直であつて、老猾悪辣な政客ではない。それ故にこそかような事件をひきおこすのである。
四、被告人は特に戦歿者の遺族の生活に同情し、その援助に尽力してきた。これは新潟市遺族会長角南静彦及び東新潟遺族代表者外数百名の上申書からも窺はれる(記録四九〇丁、六三五丁)。
五、かような被告人に対し禁錮の実刑を科することによつて公職を喪失せしめ、商売を頓挫させることは、いかにしても苛酷であるのみならず、社会にとつても大きな損失である。さらに苛酷なのは、選挙権、被選挙権の喪失である。これは被告人のごとく現に県会議員として真面目に活動し、将来更に衆議院議員を嘱望されている者にとつては全く致命的である。悪質な買収行為をする選挙ブローカー的人物などに対するとは全然その影響を異にするのである。
六、他の裁判所において本件被告人の行為などよりも遥かに重いとおもわれる違反事件について刑の執行を猶予し、同時に選挙権、被選挙権を停止しない宣言をしている例が少くない。これは裁判所において顕著な事実であると思うが、必要があれば弁護人において立証する用意がある。
右の事情を考慮され、今回に限り刑の執行猶予および特に公職選挙法二五二条三項による宣言あらんことを懇願するものである。(その他の控訴趣意は省略する。)
小野弁護人の控訴趣意第四点に関する弁論補充要旨
原判決は被告人に対し公職選挙法二五二条三項の宣言をしていないが、これは同条一項により選挙権及び被選挙権を喪失せしめる意味と解される。しかし、この公職選挙法二五二条一項は日本国憲法に違反する疑がある。
一、公務員を選挙することは、憲法一五条により国民固有の権利として保障されている。
然るに公職選挙法二五二条一項は、同法の罪を犯した者に対しては、刑の執行を終つた後更に五年という長期間に亘る選挙権、被選挙権の喪失を規定している。これは同法一一条に規定する一般犯罪者に対する制限よりも更に大なる制限を加えるものであつて、その余りにも苛酷且つ不均衡であることは勿論、憲法一四条の法の下における国民平等の原則を無視するものである。
二、憲法一四条は刑事処分による公権の停止を禁ずるものではないであろう。しかし、それは刑の執行中に止まらなければならない。
旧刑法(一〇条)は剥奪公権および停止公権を附加刑として認めたが、現行刑法はかような附加刑を廃止した。そうして、旧衆議院議員選挙法(六条)は選挙権及び被選挙権の制限を刑の執行中に止めたのである。然るに公職選挙法は罰金の言渡を受けたにすぎない者、刑の執行を終つた者に対してまで五年の長期間に亘る公権の喪失を規定する。これは自由に生活する国民に社会的身分上の差別を認めるものであつて、旧憲法の下における法令においてさえ見られなかつた差別現象である。新憲法一四条、一五条に違反することは明らかであると思料する。
右の主張は実質的に原判決の内容に関係するから当裁判所の明確な判断をお願いする。